はこだて工蕓舎


文化?歴史
ロイヤルシティ鹿部リゾート/2024.01.19

函館市末広町に広がる、通稱「十字街」と呼ばれるエリア。市電「十字街」停留所の目の前には、そこだけ時(shí)が止まったままのようなノスタルジックなたたずまいの建物が殘っています。ここは「舊梅津商店」があった場(chǎng)所で、十字街が函館経済の中心地域だった時(shí)代に、當(dāng)時(shí)はまだ珍しかった洋物の酒類や食品を扱っていた食料品問(wèn)屋事務(wù)所として使われていました。


十字街の入り口にたたずむ舊梅津商店。通り沿いにはほかにも、十字街の繁栄を物語(yǔ)る建物が殘っている
「火事は函館の名物」といわれたほど、かつての函館は大火の多い場(chǎng)所で、1890年(明治23年)にこの地に店を構(gòu)えた梅津商店も、明治、大正、昭和に計(jì)3度の火事に見(jiàn)舞われました。しかし、その度に再建を果たし、現(xiàn)在の建物は1934年(昭和9年)に起きた最後の大火を経て建築されたといいます。梅津家の親族が建物を守ってきた後は、長(zhǎng)く空き家の狀態(tài)が続きましたが、「十字街のランドマークをなくしたくない」と、陶蕓家の堂前守人(どうまえもりと)さんが、當(dāng)時(shí)経営していたギャラリーをこちらに移し、8年前より舊梅津商店の建物を受け継ぎました。ここでは、店奧の工房でつくられる堂前さんの陶器を中心に、北海道を拠點(diǎn)とする陶蕓作家たちの作品や全國(guó)各地の手仕事作品を展示。昭和初期の雰囲気を踏襲した趣のある店內(nèi)には、生活に華を添える魅力的な作品が展示されています。
オーナーの堂前さんがセレクトした陶器や工蕓品、骨董品や小道具などを、往年の雰囲気を殘す店內(nèi)に展示
兵庫(kù)県で生まれ、高校時(shí)代を過(guò)ごした函館の雰囲気が忘れられなかったという堂前さんは、オーストラリアやニュージーランドなどでの作陶活動(dòng)を経て、家族と共に函館に移住。妻と長(zhǎng)女の亜子さんも陶蕓家、次女の理子さんもアクセサリー作家というアーティスト一家で、店內(nèi)に並ぶ堂前家の作品は、それぞれに全く違う個(gè)性を放っています。ほかにも、由仁町在住の陶蕓作家ケイト?ポムフレット氏や洞爺湖町で作陶する沼田佳奈子氏など北海道在住のアーティストの作品も多く、さまざまな作家の作品を組み合わせたテーブルコーディネートが、暮らしにもたらす手仕事の溫かさ、豊かさを感じさせてくれます。


オーナーで陶蕓家の堂前守人さんの作品。椿をはじめ、花をモチーフにした大膽かつ可憐な作風(fēng)にファンも多い
2階には、1934年(昭和9年)當(dāng)時(shí)のまま殘された応接間のほか、堂前さんと親交の深かった陶蕓家兼骨董コレクター故?柴山勝氏の作品や貴重なコレクションを展示した「柴山勝記念室」を常設(shè)。柴山氏が半生を過(guò)ごした函館や北海道伊達(dá)市の風(fēng)景を繊細(xì)に描いた陶器や、生前、柴山氏が國(guó)內(nèi)外で収集した食器やカウベルなど、素樸な生活用品も展示。北海道に生きた陶蕓家の想いを感じることができます。
北海道を代表する陶蕓家を紹介する「柴山勝記念室」。柴山氏は晩年舊戸井町(現(xiàn):函館市)に住み、土掘りにも著手した
癒やしや高揚(yáng)感を感じる懐かしい町並みと建物、そして手仕事の作品。その一つひとつにふれたい地元の人々で、店內(nèi)はにぎわいを見(jiàn)せています。店舗入り口の壁には、いろいろな人の名前を彫ったタイルが一面に貼られていました。これは『たてもの再生タイル募金』として、タイル1枚2,000円で購(gòu)入した方々の名前で、購(gòu)入金は舊梅津商店の維持管理に役立てられます。名前を入れたタイルはその協(xié)力の証、末長(zhǎng)く壁に貼られ、店舗とともに殘されていきます。


(寫(xiě)真左)堂前さん自作の椅子やテーブルを配した箱庭カフェ。素樸な中庭を眺めながら、自家製スイーツが味わえる
(寫(xiě)真右)オーナーの堂前守人さんの長(zhǎng)女で陶蕓家の堂前亜子さんも、接客スタッフとして店頭に立つ。「函館の魅力のひとつは、今も殘る古い建物。この建物も手直ししながら、長(zhǎng)く続けていけたらと思っています」
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